「データドリブン」を言い換える。それは、数字の裏にある“人の心”を読み解く技術
こんにちは。株式会社サードパーティートラストで、ウェブ解析に携わっているアナリストです。かれこれ20年以上、様々な業界のWebサイトと向き合い、データというレンズを通してビジネスの課題解決をお手伝いしてきました。
さて、あなたも「データドリブン」という言葉を、毎日のように耳にしているのではないでしょうか。そして、上司から「もっとデータドリブンで考えて!」と指示され、具体的に何をすればいいのか分からず、とりあえずGoogle Analyticsのレポートを眺めるだけになっていませんか? あるいは経営者として、高価な分析 ツールを導入したものの、現場からは「使い方が分からない」という声ばかりが聞こえ、投資対効果に頭を抱えているかもしれません。
もし、あなたが少しでも心当たりがあるなら、ご安心ください。そのモヤモヤや停滞感の正体は、能力やツールの問題ではないケースがほとんどです。根本的な原因は、「データドリブン」という言葉が、あなたの組織にとっての「自分たちの言葉」になっていないことにあるのです。
この記事では、単なる言葉の定義をなぞるのではなく、「データドリブンを言い換える」という、少し変わった切り口から、その本質に迫ります。数字の羅列で終わらせない、ビジネスを本当に動かすためのデータの使い方。私の20年間の経験から得た知見を交えながら、具体的にお話ししていきたいと思います。
なぜ「データドリブン」を「言い換える」必要があるのか?
「データドリブン」という言葉が、なぜこれほどまでに組織に浸透しづらいのでしょうか。それは、この言葉が持つ「正しさ」ゆえに、かえって思考停止を招いてしまうからです。「データに基づいて意思決定する」というのは誰も反論できない正論です。しかし、正論だけでは人の心は動きませんし、組織は変わりません。

私たちが創業以来、15年間ずっと大切にしてきた信条があります。それは、「データは、人の内心が可視化されたものである」という考え方です。PV数やCVRといった無機質な指標も、元をたどれば、一人の人間がPCやスマートフォンの画面の向こうで、何かを期待し、悩み、クリックした結果に他なりません。
だからこそ、「言い換え」が重要になるのです。例えば、「今月のPV数は10万でした」と報告するのではなく、「今月、私たちのサイトには10万回もの“期待”や“興味”が寄せられました」と言い換えてみる。すると、どうでしょう。ただの数字が、急に血の通った物語に見えてきませんか?
かつての私も、画期的な分析手法を開発したことに自己満足し、その価値が現場に伝わらず、宝の持ち腐れにしてしまった苦い経験があります。どんなに高度な分析も、それを受け取る相手が理解し、「なるほど、それならこう動こう」と行動に移せなければ、何の意味もなさないのです。データドリブンを、組織の「共通言語」に変える。その翻訳作業こそが、「言い換え」の本質的な役割なのです。
【シーン別】データドリブンを「伝わる言葉」に翻訳する技術
では、具体的にどのように「言い換え」れば、データは組織を動かす力を持つのでしょうか。大切なのは、「誰に、何を伝えたいか」という目的意識です。ここでは、3つの代表的なシーンに分けて、私の経験に基づいた「翻訳の技術」をご紹介します。
1. 経営層へ「未来の地図」を示すとき
経営層に求められるのは、未来への投資判断です。ここでは、「エビデンスに基づく」「ファクトベース」といった言葉が有効です。しかし、単に客観性を強調するだけでは不十分。私はよく、このプロセスを「航海」に喩えます。

「これは、勘や経験という濃い霧の中を手探りで進むのではなく、データという確かな羅針盤と海図を手に入れるための投資です。」このように言い換えることで、データ分析が単なるコストではなく、未来のリスクを下げ、事業成長という目的地へたどり着くための「未来の地図」を描く行為なのだと伝えることができます。
2. 現場の仲間と「次の打ち手」を考えるとき
マーケティング担当者や開発者など、現場のメンバーと話すときは、より具体的なアクションに繋がる言葉が必要です。「定量的分析」や「数字で語る」ことも重要ですが、私はそれを「お客様との対話ログを読み解く」と言い換えるようにしています。
例えば、「このボタンのクリック率が低い」という事実を、「この場所で、お客様が『次にどこへ行けばいいか分からない』と迷っているサインかもしれません」と翻訳する。すると、議論は「どうすればボタンを目立たせるか」から、「どうすればお客様を迷わせず、スムーズにご案内できるか」という、より本質的な問いへと深化します。
3. 部署を横断して「共通の目標」を創るとき
多くの企業で、部署ごとに壁ができてしまう「サイロ化」が問題になっています。データは、この壁を壊すための強力な武器になります。ここで使う言い換えは「データから見えた“物語”を共有する」です。
例えば、アクセス解析と顧客アンケートのデータを組み合わせ、「サイトのこのページで離脱したお客様は、価格に不満を持っている傾向がある」というインサイト(洞察)が得られたとします。この“物語”を、開発チームには「お客様は価格で悩んでいます」と伝え、営業チームには「価格以上の価値を伝えるトークが必要です」と共有する。そうすることで、バラバラだった各部署が、「顧客の価格に対する不安を解消する」という一つの共通目標に向かって動き出すのです。

データドリブンがもたらす「ビジネスの変革」とは?
データドリブンなアプローチがもたらすメリットとして、よく「コスト削減」や「売上向上」が挙げられます。もちろんそれも事実ですが、それはあくまで結果に過ぎません。私が考えるデータ活用の本当の価値は、「ビジネスそのものを、より顧客に誠実な姿へと変革させる力」にあります。
私の信条の一つに、「数値の改善を目的としない。ビジネスの改善を目的とする」というものがあります。数値を追いかけるだけでは、本質を見失ってしまうからです。
以前、あるメディアサイトで、記事からサービスサイトへの送客率がどうしても上がらない、というご相談を受けました。担当者の方は、何度もバナーのデザインをリッチなものに変えるABテストを繰り返していましたが、結果は芳しくありませんでした。
私たちは、見栄えの良い提案にこだわるのをやめ、一つのシンプルな仮説を立てました。「ユーザーは広告的なデザインではなく、情報を求めているのではないか」。そして、記事の文脈に合わせた、ごく自然な「一行のテキストリンク」への変更を提案したのです。結果、遷移率は0.1%から1.5%へ、実に15倍に向上しました。見栄えは地味ですが、ユーザーにとってはそれが最も誠実で、分かりやすい道しるべだったのです。これは、売上という数字だけでなく、ユーザーとの向き合い方というビジネスの姿勢そのものが改善された瞬間でした。
多くの企業が陥る「データドリブンの罠」と、その回避策
ここまでデータ活用の可能性についてお話ししてきましたが、残念ながら、多くの企業がそのポテンシャルを引き出せないまま、道に迷ってしまいます。そこには、いくつかの共通した「罠」が存在します。

最大の罠は、「ツールを導入すれば、すべてが解決する」という幻想です。高価なBIツール 導入しても、見るべき目的が定まっていなければ、複雑なグラフを前に途方に暮れるだけ。それはまるで、最新の調理器具を揃えても、レシピがなければ美味しい料理が作れないのと同じです。
また、組織の「しがらみ」も大きな壁となります。私も若い頃、クライアントの組織的な事情を“忖度”し、データが明確に示している根本的な課題(例えば、特定の部署が管轄するフォームの致命的な使いづらさ)から目を背けてしまったことがあります。結果、1年経っても何も変わらず、お互いにとって不幸な時間を過ごしてしまいました。耳の痛い真実でも、データが示すのであれば伝えきる。それこそが、アナリストの誠意だと今は確信しています。
そして、もう一つ忘れてはならないのが、「待つ勇気」です。「早く成果を出してほしい」という周囲の期待に応えようと、データが不十分なまま分析レポートを提出し、翌月には全く違う傾向が見えて信頼を失ったこともあります。データと誠実に向き合うには、正しい判断ができるだけのデータが蓄積されるのを、ときには「待つ」という勇気が必要不可欠なのです。
明日から始める「データドリブン」最初の一歩
「データドリブンへの道は、険しそうだ…」と感じたかもしれません。しかし、その第一歩は、驚くほどシンプルです。大掛かりな分析ツールの導入や、専門チームの立ち上げは、まだ必要ありません。
まず、あなたにお願いしたいのは、たった一つです。あなたの身の回りで、「なんとなく」「いつもこうだから」という理由だけで決まっている業務や判断を、一つだけ紙に書き出してみてください。

例えば、毎週作成している定例報告書。その報告書は、本当に誰かの意思決定に役立っているでしょうか? あるいは、なんとなく続けているWeb広告。その広告が、本当に狙ったお客様に届いているか、自信を持って言えるでしょうか?
その「なんとなく」こそが、データドリブン化の出発点です。書き出したその業務について、「本当にそうだろうか?」と疑いの目を向け、その根拠となる小さなデータを探してみる。例えば、報告書の閲覧数や、広告のクリック率を調べてみるだけでも、立派なデータ活用の第一歩です。それは、ビジネスという山を登るために、まず自分の足元を確認する作業に似ています。
もし、「何から書き出せばいいか分からない」「書き出した課題をどうデータで検証すればいいか見当もつかない」と感じたら、それは専門家の助けを借りる良いタイミングかもしれません。私たちのような外部のアナリストは、客観的な視点で、あなたの会社の「なんとなく」の中に隠された、改善の種を見つけ出すお手伝いができます。
まとめ:あなたの言葉で、データに物語を
ここまで、「データドリブンを言い換える」という視点でお話ししてきました。いかがでしたでしょうか。
データドリブンを言い換えることは、単なる言葉遊びではありません。それは、データという無機質な数字に、人の体温と物語を取り戻すための、極めて重要な翻訳作業です。そして、その翻訳された言葉こそが、組織の壁を溶かし、メンバーを同じ目標へと向かわせる「共通言語」となります。

あなたの会社にも、活用される日を待っているデータが、きっと眠っているはずです。それは、お客様が残してくれた、声なき声の集積です。ぜひ、その声に耳を傾け、あなたの言葉で、ビジネスを動かす物語を紡いでみてください。
この記事が、あなたがその一歩を踏み出すための、小さなきっかけとなれば、これほど嬉しいことはありません。